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大学生のマインドマップ的ブログ

高校時代、自律神経失調症起立性障害で苦しんだ話

悩んでいる人

私は、地元の公立の小・中学校に通っていたので、高校受験をして、県内屈指の進学校である高校に進みました。

それまで普通に学生生活を送り、病気とは無縁だった私がどのようにして自律神経失調症を発症したのか、そしてどのようにして高校を留年、退学することなく卒業して、かつ現役で大学に進学できたのかをお伝えできたらと思います。

発症の前兆

私は、高校1年生の12月くらいまで部活も勉強もそれなりにやっていて、いわゆる文武両道を成し遂げていました。

しかし、年を明けてしばらくすると体調が良くない日が何日も続き、学校を休んでしまう日が急に増えてしまいました。

私の両親は、病気のときに学校を休むのはいいが、なんだかだるいから行きたくないみたいな理由で学校を休むのは許してくれませんでした。ですので結構無理やり行かされました。

発症

高校2年生になって、新しい担任の先生との面談で、「1年生の最後の方で学校を休みすぎたので、2年生ではより一層頑張ります」みたいなことを言っておきながら、梅雨の時期に突然朝起きられなくなる日が続きました。

起き上がることができないというよりもどちらというとベッドに縛りつけられているイメージで、そこに頭痛、腹痛、めまい、倦怠感などが加わる感じです。

想像しただけでも恐ろしすぎますね。

流石に両親も私の異変に気付いたようで、色々な病院に連れ回されました。

精神科にも連れて行かれました。頭痛薬や漢方薬など毎日飲まされました。

最終的な診断結果は、自律神経失調症起立性障害でした。何それって感じ。

発症直後

私の高校は進学校だったので、最低限取らないといけない単位数が他の高校よりも多く、私のように病気で学校になかなか行けない人や勉強についていけなくて不登校になる人などが留年もしくは退学するケースが毎年1人くらいいたようです。

部活は休部せざるを得ませんでした。

担任の先生にも課題なんてやらなくていいからとにかく学校に来てくれと言われました。

でも部活も勉強もしなくてよくなっても、学校に行ける回数はあまり変わりませんでした。

学校に行きたいのに、行けない。

朝起きれず、お昼になるまで頭痛やめまいが続くので、寝るしかない。

やっと覚醒してもすぐに夕方になってしまい、そして夜に。

夜寝ようと思っても、昼に寝てるし、あまり体を動かしていないので疲れもないし、寝れない。

本当に悪循環でした。初めて自分に絶望したのを覚えています。

症状

自律神経失調症になると、さまざまな症状が現れます。

身体的症状

頭痛、めまい、腹痛、倦怠感など

精神的症状

イライラ、不安感、落ち込み、やる気が出ない、憂鬱など

そして、自律神経失調症の治療で難しいところは、その「直接的な原因がわかりにくい」と点にあります。

なぜ自律神経失調症になったのか

思春期のときに自律神経失調症を発症する人は、例えばいじめにあったりして学校に行きたくなくなってしまったような人によく現れるようなのですが、私の場合はバリバリに学校行きたかったので、病院の先生も治療法がよくわからなかったようでした。

当時はかなり荒れており、この病気のせいで私は病院嫌いになってしまいました。

結局、はっきりとした原因はわかりませんでしたが、勉強と部活のハードワークで私の体に限界がきていたのではないかという結論に達しました。

発症後(高校2年)

とにかく学校に行くことしか考えていませんでしたが、なかなか思い通りにならなかったので、休んでしまった日でもなるべく家で勉強するようにして、授業についていけるように努力はしました。

しかし、おそらく週3日くらい休んでいたので、徐々に授業の内容もわからなくなりました。

本当に精神的にも参っていて、自分にとてもイライラしていたのを思い出します。

両親が家にいない時に、1回だけ包丁を持ってきて自殺しようともしましたが、包丁を首元に近づけた時に涙が溢れてきたので、まだ自分にはやりたいことがあるんだと思いました。

大学には行きたかったので、いっそのことなら高校を辞めて大検を受けたいと何度も両親に訴えましたが、高校だけは卒業してほしいと言われました。

高校には両親が車で送ってくれるなど全面的にバックアップしてくれて、なんとかギリギリ3年生に進級することができました。

今振り返ると、進級できたのは高校のクラスメイトの存在も大きかったと思います。

私が学校に来ても、暖かく迎え入れてくれたり、普通に接してくれたり、休んだ授業の内容を教えてくれたり、本当に優しかったです。

発症後(高校3年)

進級できて心に余裕ができたのか春休み猛勉強して(朝起きられませんでしたが)、最初の実力考査で確か全体で10位くらいをとりました。

今までで最高の順位で、なんでとれたのかよくわかりませんでしたが、今からやっても大学受験間に合うのではないかという希望とともに、やる気が出ました。

その勢いのまま4月はあまり休むことなく学校に行けましたが、またしても季節の変わり目である梅雨の時期に、突然失速しました。

正直振り返ってみると、高校3年生の方が状態は悪化しており、最終的にはあと1回授業を休んだら卒業できないというレベルまで学校には行けませんでした。

それを象徴するかのような出来事もありました。

歩行祭という高校の三大行事の1つに頑張って参加した後に、帯状疱疹になってしまったのです。

おそらく、この病気によって私の体の免疫は徐々に低下していたのでしょう。受験が近づいていたので、辛かったですね。

ではそんな私がどのようにして国立大学に現役で合格することができたのでしょうか?

転機(高校3年)

自律神経失調症は、自分のいる環境が変わることによって劇的に改善する可能性があるということを病院の先生から言われていたので、ひとまず大学に進学することを目標にしました。

でもまわりの友達には勉強面で遅れまくっているし、授業の進度もスピードアップしてどんどん難しくなっていました。

久しぶりに学校に行ったら、化学の無機と有機が終わっていたこともありました。

夏休みも多分合計で100時間くらいしか勉強できませんでした。友達は皆400時間くらい勉強していました。

このままじゃたぶん大学には受からないだろうなあと思いながら、秋に東京の御茶ノ水にある某有名塾の模試を受けたのが私の転機でした。

一言で言うと、こんなところで絶対に浪人したくねぇと思いました。

私には、あそこの空気があまり合いませんでした。さらに病気を悪化させてしまいそうな気もしました。

目の色が変わったのは、多分その日からだと思います。毎日10時間勉強しました。

冬休みの2週間で、化学の新演習(約300題)という問題集を2周しました。

今考えると異常ですけど(笑)。それくらいの勢いで受験前の3ヶ月は頑張りました。

大学受験

国立大学一本に絞りました。

私立は滑り止めとして受けようとしていましたが、国立大学の二次試験の対策があまりにもできていなかったので、時間がもったいないと思って、当日ぶっちしました(笑)。

結局、私は前期試験は失敗したのですが、諦めずに後期試験でなんとか国立大学に合格することができました。

結果オーライですね。母親は泣いていました。

自律神経失調症を経験して学んだこと

実は現在この病気はかなり改善したのですが、完治したわけではありません。

ですから、未だに季節の変わり目になったりすると、朝起きれなかったり落ち込んだりすることがたまにあります。

でももう私は大人になりましたし、自分で解決しなければなりません。

そこで、私が意識していることや気をつけていることを3つ挙げたいと思います。

POINT①

自分の生活環境を変えてみる

「自分の生活環境を変える」というのは、住む場所を変えるといった大きなものからランニングを始めてみるといった小さなものまで色々あると思います。

人それぞれに自分が生活するのに適した環境やスタイルがあるはずなので、現状上手くいっていなかったら思い切って変えてみることをおすすめします。

POINT②

他人と比較しない

続いて、この「他人と比較しない」というのは、他人と比べて自分はここがダメだとか悩むよりも、背伸びしていない等身大の自分をもっと見つめるべきだということです。

人は人、自分は自分と割り切りましょう。

自分中心の目線を持って、自分が今日はここを頑張れたとか、ここが良くなかったとか判断するようにするべきです。

自分に適したスタイルを見つけることから始めてみましょう。

POINT③

自分がやりたいことをやる

そして、自分自身を見つめ直す上で、3つ目の「自分がやりたいことをやる」というのは非常に重要であると思っています。

やはり自律神経失調症は、自分のどこかでかなりの負荷(ストレス)がかかって起こる可能性が高いものなので、それをふり切るためには、現状抱えているストレスの原因(例えば仕事、部活、勉強)を特定し、それをやめて、自分がやりたいことを思い切ってやるようにしましょう。

私は大学に進学しましたが、今の世の中、高校を中退したからといって、仕事がないみたいな状況はありません。

例えば、ネットビジネスをすればいくらでも稼ぎようはあります。ですから安心してください。

ただ大学に進学することで、環境が変わって様々な出会いがあったり、そこでしか得られない学びがあったり、進路の選択が増えたりといった様々なメリットも確かに存在します。

ですので、自分の進路は自分で決めるべきです。

私が言いたいのは、別にやりようはいくらでもあるということです。

高校生だった当時の私は、学校の勉強しかしておらず、社会を生きていくための知識が不足していたので、大学進学しか考えられなかった気がします。

ですから、今は情報をたくさん取り入れて、考えてから発信することを習慣化しています。

皆さんも私の経験をぜひ参考にしてみてください。